POEMS DE TEX.

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ドゥー・ザ・ツイスト 2008年02月05日(Tue)
ジェームス牧師の導きがあったので、みんなでベーンド、ベーンド!バンドやることにしました。それもビッグ・ベーンド!

「Vetchin兄弟 in 渋谷クロール!」
2月8日に渋谷クロールです

メンバー
Gt.ベッチン(the CHICKEN masters)
Gt.DJ MAD SINCHANG
Ba.ヤンキタ(エルカホン)
Dr.KY(エルカホン)
Tr.マティーニ(ザ・トランペッターズ)
Sax.アキランブル(lambretta)
Key.ノーシー・デンゴール(ザ・トランペッターズ)
Cho.ジュンコ、トモミ、クミコ(MAD GIRLS)
Vo.ララバイ(ララバイ)
そんでテキサスもボーカルです

曲目はブルース・ブラザーズで演奏してるようなのやります。

エーブリーバーディ、ニーサンバーディー、トゥラブ!
楽しい夜だぜ俺らの出番は8時25分予定です。ミッチリやるんで是非来て下さい。
詳細はキッズ達が町中にチラシ貼ったと思うからそれチェックよろしく!


天空水族館その3 2008年02月04日(Mon)
トーシロどもがなにを言おうが、いくつかの展示を除いて天空水族館の魚の状態はほぼ最高だったぜ。
天空水族館に、おい、金曜終わりのタゴサク・サラリー・マン、アクアリスト・マンのテキサスを前にして、連れの女に言いやがる
「夜景は綺麗だけど、なんで魚がいるのかね!この魚、意味あるんかね?」

なんで魚がいるのかねじゃねえよ。ひねくれがって。お前が夜景とアクアのロマンチックを武器に女を口説こうとここへ来てんだろうが。
ひねくれたフリしてひねくりこいときゃ気勢を上げた気になりやがって。
そんなヤツには割り込みだ。
割り込んで俺はアクアを見るぜ

政治家がキライとひねくれて、じゃあお前が政治をやれ。アマチュアでもいいから政治やれ。
夜景は綺麗なのになんで魚がいるのかね。魚は意味あるんかな!
お前が意味ないと思うなら床に置け。水槽を床に。

テキサスはその床に置かれた水槽を寝転んで見るからよ。


テキサス正月気分埋没計画 2008年02月02日(Sat)
〜水槽のリセット〜

今回のポエムス・ド・テックスはテキサスが水槽をリセットした話をしますが、ここいらでそろそろポエムス・ド・テックスでも何回か取り上げている水槽=アクアリウムとは、何であるかということを簡単にですが説明するために、出典の責任の所在があいまいなウィキペディアからの引用ではありますが、概要がまとめられた文章を転載したいと思います。
以下、ウィキペディアより抜粋。

「アクアリウム( 英:Aquarium )とは水生生物の飼育設備を指し、水族館のような大型施設から個人の趣味的設備までの全体にまたがる概念でありますが、今日の日本ではその中でも特に観賞用に熱帯魚(観賞魚)や水草などを飼育・栽培する事、またはそのために構築された水槽を含む環境を指すことが多く、これの愛好者をアクアリストと呼びます。」


テキサスはこの正月に、自分は紛れも無くアクアリストであるという自覚をしっかりと持つことにしました。

水槽を手に入れてから今までの一年と少しの間、なんで俺は魚なんか飼ってんだろう。どうして、俺はエビが泳いでるの微笑をたたえながら眺めてるんだろうという思いが強く、その思いは自分でも不可解でいて、なにか実態の定まらないような虚無感が意識の片隅には常に存在していました。
自分がやってることはアクアリウムだが、この目の前にあるアクアも、アクアをやっている自分というものも、なにか冷静に突き放して客観視してしまう自分がいました。
魚などへの愛情は持ち合わせていましたが、自分がアクアリストであるとはとても思えなかったのです。テキサスはアクアリスト風であってアクアリストではないと考えていました。
ロック・ミュージックをただたんに演奏したりCDを聞いてるだけじゃロッカーとは言えないのと同じようなもので、自分はアクアをただたんにやってるが決してアクアリストでは無いという感覚がありました。
しかし去年の年末あたりからなんとなく、自分はアクアリストの自覚はあまり無いが、やってることはアクアリストそのものであると気がついてきました。あるいは、それは精神的にも・・・。
もちろんアクアリストとして、レイアウトの腕の未熟さや、魚や水草のケアの仕方、機材設備から生物学、化学に至るまでの知識をどれだけ備えているかの違いなどスキル値、アクアリストとしてのレベルの違いというものはありますから、本式の例えばプロのアクアリストがテキサスを見て、お前なんかがアクアを語るな、アクアリストとして同じに括るな、などと一喝されても致し方ないですが、冒頭のウィキペディアから拝借したアクアリウムの概要とテキサスとを照らし合わすと、間違いなく自分という人間はアクアリストにカテゴライズされると判断でき、寸分違わずアクアリストであると断定しました。断定したと同時に想像したのは、いきなり誰かがテキサスに
「お前はいったい何者だ?」
なんて言われた時
『アクアリストだ』
て、もはや答えられるなら、なんかかっこいいなあと思いました。
精神的にもテキサスがどれだけアクアリストであるかと言えば、これを書いてる今だって、ふとエアコンを消そうと思ったテキサスは、何を間違えたかテレビのリモコンを手に取り、それをおもむろに水槽に向け、電源を切るボタンをしばらく押し続てたぐらいです。エアコンは消えませんしテレビも点かない。あげくに水槽はなにも起こらないの三重トリックです。

そんなアクアリストであるテキサスはこの正月に、水槽をリセットする決意を固めました。
水槽をリセットするというのは私達アクアリストにとって大変な労力と覚悟を要するもので、アクアリストでない人にはピンとこないと思うのですが、水槽をリセットするとはどういうことかといいますと、抜本的な水槽の大掃除を行うことと同義であると考えてもらって結構だと思います。



大掃除にそれほどの覚悟が果たして必要なのかと疑問に思われるかもしれません。しかし私達アクアリストにとって水槽をリセットすることはまさに一大作業でありまた水槽にとって大きなリスクを伴う行為であるということを理解して頂くために以下、叙述を続けます。


環境が整えられ水質等々が良い状態を保ち安定している水槽というのは、魚などの生体を育成するのに基本的にほとんど人間の手はかかりません。ほとんどほったらかしでも魚は健康に問題なく生きることができ水槽の維持も容易です。

しかしリセットを行うということは、それまで月日をかけ努力して水槽内環境を魚達にとって住みやすく安定した水準に到達させていた成果、あるいはシステムを文字通りリセットするわけですから、リセットを行うということは私達アクアリスト(もしくは水槽の住人)にすれば相当なリスクを伴う作業になるわけです。
更にリセットを行うことで生まれる最大の損失は、作品とも呼ぶべき今までの水槽内の水景が、当然ながらリセットとともに消失するということです。



頭に描いた理想の水景への道程、まずは水槽を用意するところから始まり、次に底床に敷く土、あるいは砂利などの選択、地形作り、そしてイメージに合わせ流木や石、あるいは陶器などの選択、配置。そして多種多様にわたる数々の美しい水草の選択、配植。
各段階での選択組み合わせ自体が無限です。そして無限の選択を積み重ねて積み重なったものが、必然的に世界でただひとつの自分のアクアとなるのです。

そうして出来上がった水景に、ライトを照射し植物の光合成を促し生体に酸素を供給し、生体は排泄物を水草に肥料として還元することで水槽内に循環が生まれます。大変おおざっぱですが、これをネイチャー・アクアリウムと称します。
月日が経てば魚は成長し、水草もまた成長するのです。
最初はピンセットでなかば強引に植え付けた水草でも、やがてしっかりと根を土に生わせ次々と新芽を芽吹かせます。中には水中花を咲かせるものもあるようです。

細かい説明は省きますが、魚などの生体が住むネイチャー・アクアリウムにおける育成システム維持の根幹を支えているのは私達の肉眼では見えない微生物、バクテリア達です。
魚達は自分達に有害な物質であるアンモニアを絶えず排泄物として出し続けます。バクテリアはその有害なものを魚達にとってより無害な物へと変えてくれるのです。したがってアクアリストは当然ながら微生物が住まう土、水についても管理する、言い方を変えれば育成する必要があり、私達アクアリストはそれを見守り続けます。

つまり水槽の管理保全とは、微生物を循環の土台に、水槽内全体の生命のサイクル・システムの確立と安定を指すのです。
そしてそれら全て、生体、植物、照明やろ過器などを含めた「水槽」とは紛れもなく自然環境が再現された「生体系」であり、自分が構築した生体系そのものを管理育成することが私達アクアリストの最上の愉しみとするところなのです。

一般的に水槽内にバクテリアが繁殖し水質が完全に安定するまでに最低半年はかかると言われています。このように、月日をかけなければ水槽がアクアリウムとしての安寧に結実することもなく、全ての生体が健やかに成長するまでに到らないのに、なぜ、安定期に入ったアクアリウムをリセットしなければいけないのか。
先程リセットとは大掃除と言いましたが、大掃除ですから地面に当たる土も掃除します。それまで一生懸命根を這わせ、新芽を出してはすくすくと伸び成長していた水草を、なぜわざわざ根っこから引き抜いて掃除する必要があるのか。魚などへのダメージを承知しつつ、なぜ魚がストレスを感じるに違いない新たな環境をわざわざ用意するのか。


そしてなんで、今まで様々な努力をはらい培ってきた世界で唯一の自慢の水景を私達アクアリストは自ら放棄するのか。



理由は、いくつかあります。
リセットする第一の理由に、まずこれが私達アクアリストがリセットを行う1番の理由ではないかと思いますが、病で魚を蝕む病原菌の蔓延を防ぐための処置としてのリセットが挙げられます。
魚がかかる病気は、大概水槽内で他の魚に感染するものなので、病原菌が大量発生したと思わしき水槽では、見た目が元気な魚でもそれを一時非難所に移し、本来の住家である水槽をリセットし、土や水などを消毒する意味でも洗って掃除するか、あるいは新しい物と交換しなくてはいけません。
言わば、このリセットは魚のために必要に応じてのリセットとなります。

第二に、底床に「ソイル」と呼ばれる種類の土を敷いている水槽の場合、そのソイルが劣化する時期に伴ってリセットするケースがあります。ソイルとは人工的に作られた土で、水草の成長促進のための肥料が含まれています。
人為的に添加された肥料なのでやがて効果は無くなり、ソイルは本来の用を為さなくなります。設置してからおよそ1年から2年でソイルの原型は崩れ、崩れたのがソイルの効能切れのサインとして新しいものへの交換の時期を計る目安となるので、この期を境にリセットするアクアリストも多いです。実際、テキサスも水槽を立ち上げて一年と少しでソイルが崩れて来たので、ソイルの交換の為にリセットしたというのが今回の動機のひとつでした。こちらの動機も、まあ、必要に応じてのリセットと言うことになるでしょうが、底床に敷き詰められていたソイルを住家としていたアクアリウムに有益なバクテリアがいなくなるために、リセットによって水槽のバランスは崩れます。

リセットを行う第三の理由としては、私達アクアリストが管理するアクアリウムで、自身の水槽に住まうことを容認出来ない生命が多量に増殖しているのを駆逐するためのケースがあります。
水槽に紛れる異邦人は数多くいます。貝、コケ、水ミミズ、ヒドラなど水中生物、あるいは虫、これらを私達アクアリストが自分のアクアリウムとの共生を認めない場合、完全に駆逐するために水槽をリセットすることがあります。
しかし、これらの異分子はほとんど水槽内の生物にダメージを与えるようなものではないために、このケースのリセットは私達アクアリストの趣味趣向の範疇に於いて行われるため、本当の意味で必要に応じてリセットするというわけではないと思います。

第四の理由としてはなんらかのアクシデントが発生し、水槽内環境が著しく悪化し、文字通り大掃除せざるをえないような逼迫した状況に水槽が陥り、やむを得ずリセットする場合があるでしょう。
例を挙げるとテキサスの、マイン・アクア・マスター・ララバイは過去に水質調整剤を水槽に投下し過ぎて大いに水槽のバランスを崩し、大量の魚やエビが、えー、アレしちゃった事件があるのですが、その時ララバイはリセットに準じるような処置をしていたと記憶しています。
我が家の失敗談を例に取りますと、うちにはメインの水槽の他にメインの水槽よりふたまわりほど小さい水槽がもう一槽ありまして、旅行で家を開けた際にそちらの水槽にフードタイマーを設置して留守中魚に餌を与えようとしたのですが、テキサスのミスでフードタイマーが正常に作動しなかった為に、旅行先から帰宅した時に餌が水槽を覆い尽くしてしまったことがありました。
幸い魚が死んだり病気になったりはしませんでしたが食べ残しの餌は腐るのでもちろん生体にいいものではありません。雪が降ったみたいにあらゆるところに降り積もった大量の残餌をチマチマと手で除去するのは不可能なのでリセットしました。
こういった私達アクアリストの人為的なミスで引き起こされたリセットは魚にとっては迷惑そのもです。

第5の理由。
第5の理由は、私達アクアリストが自らのアクアリウム水景に飽きた時です。
生態系や自然環境を再現したものがアクアリウムとは言え、所詮擬似的なものであり管理するのは人間に過ぎず、さらに個人の趣味で行われている以上、管理人であるアクアリストが飽きた水景をリセットするのも、アクアリストの趣向を満足させる行為でありそれ以上でもそれ以下でもありません。リセットし、また新たな着想の下に新たな水景を構築して自分のアクアリウムの倦怠を払拭するのです。
居住スペースや経済的に余裕があれば第二、第三の水槽を用意してこのリセットの衝動を押さえ込み、新しいアクアリウムを立ち上げることができるでしょう。しかし水槽の新規立ち上げが不可能であるアクアリストは、飽きてしまった水景をリセットするより仕方のないことだと考えます。
リセットする水槽内の魚を一次引越先に移した後、リセットを行い魚を水槽に戻すというプロセスを正しい知識と迅速かつ正確な処置で行えば、魚にストレスが残らないと言えば嘘になりますがリセットが原因で突然魚が死ぬようなことは決して有り得ません。
問題視すべきは、自らの水景に飽きたアクアリストがアクアリム自体に飽きてアクアリストであることを辞め、生体を破棄したり、あるいは生きたまま近くの川などに魚を放流するようなケースをでしょう。
ネイチャー・アクアリウムは生命の大切さを学び慈愛の心を育むというような清廉な建前と、所詮は私欲を満たす趣味に過ぎないという本音のどちらをとってもアクアリウムとは「生態系」の再現を目的とするわけですから、魚の放流は法律で禁止されていて社会に弾劾されるという以前に、放流を行ったアクアリストは、アクアリストとしてナンセンス極まりなく笑止であります。そのように初めから計画性のない人間はそもそもアクアリストの資質は持ち合わせていないように思えます。
飽きたから魚を殺したり、上記のように放流したりするのは問題外ではありますが、しかし、魚の健康にも影響なくリセットを行おうとも飽きたから水槽リセットするのは人間のエゴであるのは疑いありません。
疑いはありませんが、かと言って、リセットとは私達アクアリストではない方に動物愛護精神などの指摘を受けるような類の行為に当てはまるようなものでもないとテキサスは考えます。

次に私達アクアリストが水槽をリセットする第六の理由を説明したいと思いますが、リセットをする一般的な動機は上に記した五つ理由が主なものだと思われます。または一から五の理由の併発が考えられます。
アクアリウムに不快なコケが大量発生していて、しかもソイルの成分の有効期限が切れはじめていて尚且つ水景に飽きてきた。だとかの合わさった理由です。
リセット第六の理由は、あるいはあまり一般的ではないかも知れません。
今回このお正月にテキサスがネイチャー・アクアリウムのリセットに踏み切った最大の理由も、実は、この第六の理由に起因するところなのです。

勿体ぶった言い方で申し訳ありませんが、ここからが今回のポエムス・ド・テックスの本題に入ります。
なぜ、テキサスは水槽をリセットしたのか、すなわちそれは、その前にテキサスはあなた達に聞きたい。テキサスが水槽リセットした話なんてあなたは聞きたいですか。
どうでしょうか、アクアリストであるテキサスが水槽をリセットした理由がこの先のポエムス・ド・テックスをそのまま読み続ければ、その動機が書かれていますが、果たしてあなたはそんなものを知りたいですか。

翻ってよろしいですか、今一度、テキサスは問う。果たしてポエムス・ド・テックスとはなにかと。
テキサスの中のポエムスとはなにか。
なにゆえポエムス・ド・テックスか。
あなたたちはポエムス・ド・テックスを読むが、なぜ読むのか。今この文章がポエムス・ド・テックスである所以はなにか?
なぜテキサスはポエムス・ド・テックスを書くのか。テキサスはそれらを問いたい。

私達アクアリストが、水槽をリセットする第六の理由、それは、そのアクアリストがポエムス・ド・テックスを書いている人間の場合、リセット行為に及ぶ可能性があるということです。




…朝電車で同じ年くらいのサラリーマンがマンガ雑誌読みながら普通に声を出して笑っていました。
「アッハ、アッハハ、アッハハ」
というような調子で。
あいつはいったんなんなんだ?こんな人がいるのに、なに部屋でくつろいでるみたいに普通にマンガ読んで笑ってやがる。グレーのスーツでこざっぱりとした顔してドアにもたれながらマンガ読んでバカ笑いしてるあいつはいったいなんなんだ?!

ずいぶん前だが大手町をテキサスが歩いていたら、道を聞いてきた女!
俺がわからないと答えたら
「でしょうね」
って、言ったけど、そりゃいったいなんだ?
あいつはいったいなんなんだ?
え?!そーゆう俺?俺ですか?
俺は、アクアリストのテキサスだ
アクアリストのテキサスだぜ
水槽のリセットをしたのもこの俺、テキサスだぜ!! 

そして、水槽をリセットした動機は、水槽をリセットしたことをポエムス・ド・テックスに書きたかったからです。

水槽とリセットに纏わる、もっともだと思われる話を、もっともらしく、長々と書きたいと思ったからです。

このように今回の水槽リセットは、ポエムス・ド・テックスでテキサスの自意識を発現し示す動機となりましたが、このような自意識は美しい部類にははいりません。

が、こうしてポエムス・ド・テックス史上最長の文章を書けるのも水槽と、そして正月の成せる技であるのは疑いを挟む余地はありません。


テキサスがこの正月に水槽のリセットをしたのはポエムス・ド・テックスを書きたかったから、つまり自意識を忘れたくなかったからなのと、少し水景に飽きたからなのと、あと、ソイルが少し崩れてきたからです。


テキサス正月気分埋没計画 2008年01月31日(Thu)
〜今年の俺の目標、自戒〜


変えちゃいけねーものを変えるな

見返りを求めるな

人に、心情を委ねるな

自意識を忘れるな

努力の神様呼ぶぞ


テキサス正月気分埋没計画 2008年01月24日(Thu)
〜続・2日目〜

そいで2日目はその購入した流木と、あと水草だとかモロモロを抱えてテキサスは実家に帰ったんだ。新年の挨拶をして夕食ご馳走になり家族ならではの雰囲気に浸ったぜ。
それで帰りに妹が車を出してくれてウチまで送ってもらうことになったんだが、ホウ、こいつがいっちょ前に車を運転してやがるぜ!
テキサスと妹は6コ、年が離れてんだが6コ違うとやっぱ、どうしても常に妹なんかいつまでも子供に見えるんだよな
もう大学出て社会人でバシバシ働いてんだがいつまでも子供に見える。まだ妹が幼くてヨチヨチ歩きしてたころの姿がオーバーラップするんだよ。そんな奴が2008年にはフツーに車を運転してんだからオドロキだぜ

オドロキだぜといえば、人がテキサスに兄弟はいるの?と聞いてくるからテキサスは弟と妹がいますと応答すると、ええ?!と大概オドロかれるが、ありゃいったいなんだ。
テキサスに弟とか妹がいたらおかしいか?
つーか、兄弟いるの?って聞いてんだから、兄弟がいるって答えはパターンとして想定されてしかるべきだろう。

テキサスには兄弟がいる。
大人にお名前なんつーの?って聞かれてテキサスは
「テキチャチュ2さい」
って答えてたころ弟が生まれた。
そしてテキサスが6才の時に妹が生まれた。生まれた時、みなで病院にいってガラスごしの生まれたての妹を見た。弟の誕生の時テキサスはまだ2才だからなんもおぼえちゃないが、6才で妹が生まれた時のことは、ボヤけちゃいるが、そん時の印象とか嬉しいのかなんなのか興奮した気持ちとかはよく覚えてるぜ。
そして、そんときに弟が言ったセリフははっきりと覚えてる。
4才の弟は生まれたばかりの自分の妹を見て
「なんでリボンつけてないの?」
って親父に聞いたんだ。弟は自分に妹ができるってことを知っていて、妹っつーことは女の子だろ?だとしたら女の子は当然ながらリボンを付けてるもんだよな。ってゆう思いこみでもってこの質問が飛び出たんだ。

テキサスはグッと来たよねその弟の発言に。
「なんでリボン付けてないの?」

な、いい話だろ?ホンワカしたエピソードだろ?え?そうでもない?まあテキサスは、忘れないだろう。この弟のセリフ、あの時のあの感じ、は。
弟よ、女の子はリボンを付けていてしかるべきだよな。でも見てみ、ガラスごしのあの子は猿みたいにクシャクシャだから、やっぱりリボンはまだ早いみたいだね



そんな妹が今や蔵前橋通りをカーで疾走してんだからウケるよな。
俺はこの正月に決めたぜ。
妹が彼氏を実家に連れてきて、仮にも結婚の話とか切り出しようものなら、テキサスは飛んでって今や酔っ払ってはエヘエヘとしか言わないであろう親父になりかわり
「き、きみはいったい、なんだね。え?きみはいったい、そいで、オ、お仕事はなにをしているんだね。え?オ、オホホン、オホッ、月給はいくらもらってんだね」
って、聞こう。ロックとかポイントじゃないねマジで。月給とかがやはり1番のポイントだよな。



まあ、そーいった感じで家族にヒサビサに会ったりして、そんなよーなことを考えたり埋没したりするのもまた、正月ならではだよな。


帰り車出すのにパーキングで金を入れてる姿も、テキサスから見りゃまるで大人びていて、オドロキつつもほほえましい、そんな気持ちを抱きながら妹を見送ったあと、テキサスはマンをジして、いよいよマンをジして昼間に買った8000円の流木、水草などを拡げた。水槽のリセット作業に取り掛かるのだ。今夜は夜通しかかるだろう。それでもたぶん終わらないだろう。さあ大仕事の始まりだザ・エボリューション・ナイトのはじまりだ!

あ、その前に古本屋で手に入れた20世紀少年を読もう!
それにしたって素晴らしい素晴らしいぜ正月、家族に漫画に水槽!なんでもごされだぜ!ひとりバーリトゥードだぜ!!